障がいと介護

医師からの宣告

3度目の診察

いい加減3度目の診察ともなると、正直不吉な予感がしてきます。
担当医の先生から直接職場へ電話がありました。「お父さんも一緒に話を聞いて欲しいのですが。」
この電話が、さらに私の不安感を増幅させました。「何事だろう?」
社会人になって初めての有給休暇を取得しました。医師からの直接の呼び出しともなれば、仕事どころではありません。
父親が同席ともなれば、とんでもない病気を想像してしまいます。テレビドラマのある場面が、フッと頭に浮かびます。何か良くない事を。
例えば、癌の告知をされるような場面です。あれやこれや考えながら、鼓動が少しづつ高鳴りながら病院へ向かいました。
不安で頭が一杯で、時間の長さを感じる余裕がなかったのでしょう。看護師さんの「浦上さん!」と言う声に、ハッと我に返ったような感じでした。

筋ジストロフィーという病気

診察室に案内され、先生が何か言いにくそうに、私と目をちょっと合わせては視線をそらしながら、言葉を発しました。「お父さん、非常に残念です。血液検査を2度行いましたが、子供さんの病気は筋ジストロフィーです。」
何が残念なのか、私には初めて耳にする病名でしたので理解できませんでした。「そうか筋ジストロフィーか?」と、心の中でつぶやきました。と、その途端、隣にいた妻が突然泣き出したではないですか。
私はとっさに、「おい、なんば泣きよっと。そぎゃん泣くようなこつじゃなかろ?」と、言葉は気軽ですが、心中穏やかではなく顔を引きつらせながら言葉をかけました。
私の医療知識の中には、「筋ジストロフィー」という言葉などありません。診察室から外に出た途端、妻が廊下に泣き崩れました。
「おい、どうした!」「あなたは、筋ジストロフィーって知ってるとね!」抱き起そうとしても、なかなか起き上がりません。まるで腰が抜けたような状態です。
病気の内容はよく分かりませんでしたが、妻の様子を見て、ただならぬ病気であることだけは察しが付きました。

帰りの車の中はドシャ降り

病院から家に帰る途中、病気の事をいろいろ妻から聞かされました。現在63歳になりますが、こと時ほど辛かった時間はありません。
一生歩けない。治療法はない。聞けば聞くほど、涙が噴出してきます。車の中は大雨です。目にワイパーがないと、涙で前が見えず運転が出来ません。
妻は、不思議なことに2~3日前に筋ジストロフィーの特集番組をテレビで見たばかりで、また、二十歳の頃、筋ジストロフィーの子供たちが入所している施設にボランティアに行ったことがあり、その特徴や病状をよく知っていました。
まさか、自分の子供がそうなるとは思ってもいないのは当然です。妻が、「この病気は進行性で、その内寝たきりになり、生きても高校生くらいになったら・・・。」。それから先は、声が詰まって話せなくなりました。
「間違いであってくれ。神様お願いします!」私は、ひたすら心の中でそう繰り返す事しか出来ませんでした。