本人の意志と家族の覚悟と医療・介護チームの力
一番目に必要な条件は、本人に帰りたい、退院したいという意志がなければ始まりません。娘は、そういう意志を表現できるほどの能力があったか不明確なところもありましたが、「お家に帰りたい」と、よく訴えていました。
二番目は、子どもの最善の利益に基づく、親(特に母親)を中心とした家族の決断です。家族の決意と覚悟がなければ、高齢者の場合も同じですが、共に暮らすことは不可能です。
介護をしてくれる人が、不在の状態での在宅生活はありえません。想像以上の経済的・肉体的・精神的負担など、様々な重荷を背負うことは避けられないからです。
三番目は、先に述べました医療行為の問題です。必ず付いて回りますから、担当医を含む医療・介護チーム(訪問看護等)の熱意と使命感が不可欠となります。
経済的負担の軽減制度
四番目は、「難病指定」の問題です。在宅で障がいを持った娘と暮らしながら、仕事で高齢者介護を担当しながら、つくづく制度的不条理を感じます。
医療行為の考え方もそうですが、医療費が無料になるかどうかが、「本人の病状や身体の状態」ではなく、あくまでも「病名で決められている」ことです。
例えば、まったく身体を動かすことが出来ない同じ寝たきりでも、病名の違いで区別されると言うことです。
厚生労働省が指定する「特定疾患等」がありますが、その病名が付くか否かで、病院の受け入れ態勢や経済的負担に大きな差が発生します。この基準は、在宅生活の大きなバリアーとなっています。
私自身も、二女が20歳になった途端、医療費の3割負担にめんくらいました。
勉強不足でもありましたが、19歳までは、「小児慢性疾患」としての「難病指定」であり、また「児童福祉法の管轄」でしたので、医療費は無料でした。それが20歳の誕生日の日から3割になるわけですから、負担額は相当な金額となりました。
20歳になっても医療費無料が継続するものと思っており、無頓着でした。娘の病名は、小児では難病でも「大人では難病指定されていない」(当時はそうでしたが、現在では難病指定の病気として指定されています)のです。
思わず、「20歳までには死ぬ病気だから?」と、思ってしまいました。
現在の医療では、医療機器や技術や薬の進歩により、長女が余命宣告を受けた20歳という平均寿命が伸びているのが現実です。
また、法律も児童福祉法から「身体障害者福祉法」に変わってしまいます。その面で、社会資源の利用にも変化が生じます。
医療・介護等の専門家以外(非医療者)の力
五番目は、支援体制です。私が考える地域支援体制確立のための対策は、家族以外の医療・介護ケアをやれる人達の拡大です。
往診、訪問診療、訪問看護、訪問リハビリ、訪問介護、通所施設、ボランティア、友人、ご近所等、拡大の余地はまだまだ存在します。
家族以外による支援体制には、非医療者に対する医療的ケアの公的研修システムの構築が必要です。
現在、介護福祉士への痰吸引等を業務として認めるための研修会がスタートしていますが、50時間程度の研修受講が必要です。
私たち家族が子供の退院時に吸引の指導を受けた時間は、数十分でした。何をそんなに研修する必要があるのか。本当に国は、支援体制を拡大しようと思っているのか、疑問を感じます。
もちろん、介護福祉士や介護従事者等への医療的ケアの資格とインセンティブの付加(無過失保険の導入)は必要です。
また、ボランティアや友人に対するリスクへの法的保障も必要です。せっかく障がいを持った人の支えになろうと頑張った結果が、訴訟問題へと発展したら悲劇です。
支援体制の輪を拡大すればするほど、難題も増えるでしょう。
例えば、AED(自動体外式除細動器)などいかがでしょう。私の仕事場にも設置していますので、使い方の指導を受けましたが、絵に書いてある通り実行するだけです。本来、れっきとした医療行為です。
国の誰かが当事者意識で動けば、猛スピードで一般市民にも使用可能となり、法的にも保護されています。吸引より、よっぽど高度な医療行為だと思います。
毎日天井をみて生きる日々からの脱却
在宅医療の場は、居宅から障がい児・者が生活する地域全般へ広がるべきです。
娘も、学校生活が修了して以降、毎日のほとんどを家の中で過ごしています。触れ合う人は、介護や看護で訪問してくれるスタッフだけです。
たまに、友人のお母さんや学校の先生が遊びに来てくれますが、小さい時から隔離された生活をしてきた結果、ご近所に同級生はいても、友人は一人もいません。
娘が一番いきいきしている瞬間は、友人と過ごしている時間です。
学校を卒業してからは、施設に入所しない場合、地域(我が家)で残りの人生を過ごします。高齢者や認知症にばかりに目が向く社会になっているように思えますが、地域には様々な人が暮らしています。
昭和の時代のように、地域住民が助け合わなければ生活できないくらい不便になった方が、幸せな世の中になるような気がしてなりません。
娘は、親の助けがなければ一日も生きていけません。親も子供に必要とされる事は、この上ない幸せです。娘が教えてくれたことです。
在宅で暮らすために必要なケア
ちなみに、在宅で暮らすために必要なケアの内容は次の行為がほとんどです。
○吸引器による口からの吸引
○鼻からの吸引
○気管切開部からの吸引
○気管切開の管理(消毒)
○経管栄養(チューブ栄養滴下)
○胃ろうからの補給開始
○胃ろうチューブの交換
○気管切開カニューレ交換
○鼻からの栄養チューブ入れ
○導尿チューブ挿入
○人工呼吸器の管理 等々
ですが、日本では、これら全てが医療行為です。
吸引に関しては、徐々に介護福祉士等で行えるよう制度改正が進んでいます。その他の行為を、家族以外が行うことには、先に記したように、日本では当事者視点での改正がなかなか進みません。