幸せな4人で一緒の夕食
10年ほど前になるかと思います。梅雨時期の日曜日の夕食時に、新潟出張の折に買ってきた吟醸酒を4人で楽しみました。
熊本でも有名な久保田というお酒と同じ酒造所が、この季節だけ作っているという銘酒です。と言う割には、買ったお酒の銘柄を覚えていません。辛口で美味しかったのは、確かです。
肴は、本来なら3ヶ月も行けていない魚釣りに出かけ、アジを自ら仕入れてくる予定でした。まだ、北部九州に位置する熊本は梅雨が明けておらず、それどころか、かつて経験したことがないような豪雨になっています。
九州北部に大被害をもたらし、当然、魚釣りにいけないほど海も汚れ、気分的にも魚釣りどころではありません。
仕方なしに、隣のスーパーで買ってきた刺身を肴に一杯、ということになりました。20歳(現在30歳)になった杏菜と妻と、月に住む娘との4人での舌鼓です。
週に一度ですが、日曜日の家族そろっての夕食。
この頃の私に、最高の幸せを感じさせてくれていた一時です。
娘が待つ世は怖くない
よく落語や漫才で使われるジョークに、「あの世って、いいとこらしいぜ!」「なぜだい?」「だってよう、誰一人帰ってこねえじゃねえか!」。
ネタなのか、何かの本にでも書いてあるのかは知りませんが、あの世は、神様・仏様しか知らないことです。
私の職業は、医療・介護関係です。仕事柄、人の死にかかわる機会が多くありますが、ほとんどが高齢による死です。病死というより、老衰による寿命です
当事者になってみれば、一日でも長生きしたいという気持ちになるのが、ごく自然なことでしょう。中には、まだ僅かですが、自分の死期を素直に受け容れ、静かに安らかに旅立つ方もいらっしゃいます。
一日でも長く生きたい。家族が希望する場合と本人が希望する場合と、両者が希望する場合があります。どの選択が正解で間違いなのかは、なかなか難しい問題です。
確実に間違いだと言えることは、実際いく度と経験していますが、親の年金目当ての家族による延命希望です。
本人は、意識もなく、あるいは認知症により判断能力がなくなっていて、意志を確認するのが無理な場合もあります。
延命のために手術を何度も受ける人。自分の病気を治してくれるかもしれない、有名な先生や病院を日本中、あるいは世界中探し求めて止まない人。
自分の命。どうするかは自由ですが、日本人はもっと死生観について考え学ぶ機会を持つべきではないかと思います。
平均寿命をはるかに超えていても、人間、死にたくないと思うのは本能かもしれません。しかし、必ず死が訪れるのも人間。人間に限らず、地球上の生き物には、すべて死が訪れます。
死も含めて人生だと思いますが、日本の場合、まだまだ死は別物ので、「不吉な事、辛い事、悲しい事」などとして扱われている場合が多いのではと思います。
その表れが、お葬式の帰りに身体にふりかけていたお塩ではなかいと思います。最近のお葬式では、ないケースが増えました。
私の場合、長女の旅立ち以後、人の死は不吉なことでも何でもなく、「現生での修行お疲れ様でした。」という心境です。
確かに、大切な身内を亡くした時は、とてつもない寂しさに襲われます。私も、両親を見送り、我が子も見送りました。
自分の経験からの死生観ですが、大切な人の旅立ちは、悪い事でも悲しい事でもありません。一生懸命生きた締めくくりであって、あの世がどんなところかは分かりませんが、「ゆっくり休める、安らかに眠れる場所」であるに違いない。
また、障がいなどない、自由に飛び回っている娘の姿が想像できる世界だとも思っています。
現世は、四苦八苦というくらい苦しい事ばかりです。あの世は、百八つの苦から解き放たれた極楽です。宗教家ではありませんが、そう思っています。
それよりも何よりも、「娘が待っているあの世」へ、その内行けるのが楽しみです。
まだ現世でやりたい事がありますので、すぐには行けませんが、娘のお迎えが来た時は、「喜んでついて行く」つもりです。
杏子と杏菜の成人式と着物
平成24年1月の成人式。二女を連れて、家族3人、式典に参加してきました。
成人式に参加することを、楽しみにしていた長女。二十歳になる年の6月の誕生日に、紫色が基調の着物を作り、試着を早々と行い、満面の笑顔で自分の着物姿をビデオで繰り返し見ていました。
「月へ旅立つ衣装」として用意したわけではありませんが、成人式までは頑張れず、結果は8月にそうなってしまいました。
その分、二女の成人式は、迎えられただけでも感動ものです。
長女の着物は、妻と娘で買ってきました。
二女の時ばかりはと思い、私自らも着物の展示場に出向き、チューリップと桜の花が描かれた赤が基調の着物に目が止まり、その場で即決。
自己満足かもしれませんが、なかなか二女の性格にバッチリの着物を着せて、成人式をお祝いすることができました。
成人式の式典では、子どもたちは式の間、舞台の上に並ぶことになっていました。
話すこともできない子どもです。親は付き添っていたい心境ですが、それは許されません。
「そうだよね。二十歳は大人だからね。」と、自分に言い聞かせながらも、市長や来賓の長い挨拶が次々と行われます。
時間的に耐えることができるだろうか。心拍数が上がります。
その後は、全体での記念撮影です。四方八方から、カメラが押し寄せます。私も、その群集を構成している一人ですが、ほんと親バカが体験でき、嬉しい一時でした。
しっかりと約一時間以上の式典を無事終えることができ、「よく頑張ったね」と娘に声をかけると、ニコッと笑顔で答えてくれました。親が思う以上に、大人になっているのかもしれません。
心情的には、二十歳になるということは寿命が来たことでもあり、一概には喜べない複雑な心境です。
あとどれくらい一緒にいれるか分かりませんが、一回でも多く着物を着せる機会を増やしてあげたいと思った次第です。
今では毎年(今年は監物台樹木園が工事のため断念)、桜が満開の日、熊本城のシダレ桜の下で着物姿を記念撮影をしようと出かけています。
初めて着物を着て行った杏菜が20歳の時、自分の目を疑いました。
なんと、満開のシダレ桜の下には、満開のチューリップが咲き誇っています。まさに、二女の着物その物です。
ブログの表紙がそうです。
妻と二人で、意味なく感動し、しばらく見つめていました。
空想のデザインと思っていたのが、目の前に実物の花として咲き誇っているのです。素晴らしい光景です。
デジタルカメラと携帯電話のカメラで夫婦別々に、桜とチューリップ柄の着物を着た娘を、桜の木とチューリップが咲き誇った花壇の間に置き、記念写真を何枚も撮りまくりました。一生の宝物を増やすことができました。